AI導入を任された人が、ほぼ確実に一度は聞く言葉があります。

ツールを契約し、アカウントを配り、「業務に活用してください」と案内した翌週。ある社員からこう返ってきます。

「AIで何をすればいいか、わからないんですけど」

この言葉をどう受け止めるかで、社内のAI活用はほとんど決まります。結論から言うと、これはやる気の問題でも、理解力の問題でもありません。むしろ、この言葉が出てきた時点で、導入の「順番」を直すチャンスが来ています。

その質問は、そもそも答えられない構造をしている

「AIで何をすればいいかわからない」という言葉を、少し引いて見てみます。

これは「Excelで何をすればいいかわからない」と同じ形の文です。Excelを配られただけの人は、何もできません。集計したい売上データや、整理したい名簿が先にあって、はじめてExcelは道具になります。

AIもまったく同じです。AIは「やること」ではなく「やり方」です。片づけたい仕事が先にないと、何も始まりません。

つまり「AIで何をすればいいかわからない」は、答えられなくて当然の質問なのです。社員は間違ったことを言っていません。間違っていたのは、「AIを使うこと」が目的として先に置かれてしまった導入の順番のほうです。

ここを取り違えて「やる気がない」「勉強不足だ」と受け止めると、研修を増やす方向に進みがちです。ところが後述するように、それはたいてい逆効果になります。

質問を裏返す

推進担当がやるべきことは、AIの説明ではありません。質問を裏返すことです。

「AIで何ができると思いますか」と聞くのではなく、こう聞きます。

「今の仕事で、時間を取られていて、なくなってほしい作業はどれですか」

この質問には、AIの知識がゼロでも答えられます。答えられる質問に変えること自体が、推進担当の最初の仕事です。

具体的には、次のような聞き方が有効です。

  • 毎週やっているのに、毎回ゼロから作っている書類はありませんか
  • 読むのに時間がかかっているものはありませんか(長いメール、会議の議事録、取引先の資料)
  • 「前にも同じことを調べた気がする」と思う瞬間はありませんか

この3つは、それぞれAIが得意とする領域(文章の下書き、要約、情報の整理)に対応しています。ただし、聞かれる側はAIのことを一切考えなくていい。仕事の話をしているだけです。この非対称が重要です。AIとの対応づけは、推進担当が頭の中でやればいいことであって、社員に求めることではありません。

最初の1つを、その場で一緒にやる

作業がいくつか挙がったら、その中から「最初の1つ」を選びます。選ぶ基準は3つです。

  1. 文章か情報を扱う作業であること。 現時点のAIがはっきり得意なのはここです。
  2. 型がある程度決まっていること。 議事録の要約、社内向けメールの下書き、問い合わせ返信のたたき台など、毎回の形が似ている作業ほど効果が出やすくなります。
  3. 失敗しても致命的でないこと。 最初の1つに、契約書や対外的な正式文書を選ばないでください。AIの出力には誤りが混ざります。確認の習慣ができる前に重要文書で使うと、事故につながります。

そして、ここが一番大事なところですが、選んだ作業をその場で一緒に1回やってください。「今度試してみてください」で終わらせないことです。

たとえば直近の会議の議事メモを画面に出して、「この議事録を要約して、決定事項と宿題に分けてください」とAIに入力する。それを本人の目の前でやります。プロンプトの書き方の講義は要りません。普段の日本語で伝えるだけで動く、というところまで見せれば十分です。

研修で10の機能を教わるより、自分の仕事が目の前で5分短くなる体験が1回あるほうが、行動は変わります。人は「AIの使い方」を覚えて仕事に応用するのではなく、「自分のあの作業が楽になった」という一点から使い始めるからです。

推進担当がやりがちな3つの逆効果

善意でやってしまいがちで、実際には逆に働くことが3つあります。

ツール研修から始める。 操作は覚えますが、翌週には使われません。研修の内容が受講者それぞれの仕事と接続されていないためです。研修が無意味なのではなく、順番の問題です。各自の「なくなってほしい作業」が見つかったあとの研修は機能します。

他社の活用事例集を配る。 他人の仕事の話は、自分ごとになりません。「うちとは業種が違うので」で読み終わります。配るなら、社内の誰かの実例を1つ作ってからです。「経理の◯◯さんは月次報告の下書きに使って30分短くなった」という1行のほうが、他社事例100件より効きます。

全員一斉に義務化する。 用途が見つかっていない人に利用の義務だけを課すと、AIそのものへの印象が悪化します。形だけの利用報告が増え、数字の上では「全社活用」に見えて、実態が空洞化します。使う人から広がるのが自然な順序です。

正直に言うと、全員に見つかるとは限らない

最後に、あまり書かれないことを書いておきます。

「なくなってほしい作業」を聞いても、AIに向く作業が見つからない人はいます。現場作業や対面の応対が中心の仕事では、机の上のAIで短くなる時間がもともと小さいことがあります。

そのとき、「今はない」を正しい答えとして認められるかどうかが、推進担当の信頼を決めます。無理に用途をひねり出させる必要はありません。AIは道具であって、全員が毎日使うべきものではないからです。道具が合わない仕事があるのは当たり前のことです。

「今はない」と答えた人には、こう伝えておけば十分です。「文章を書く・読む・調べるが増えたら、そのとき声をかけてください」。仕事の中身は変わっていきます。半年後に状況が変わっていることは珍しくありません。

まとめ:この言葉は、順番を直すサイン

「AIで何をすればいいかわからない」は、導入が失敗しているサインではありません。「AIから考える」順番を「仕事から考える」順番に直すタイミングが来た、というサインです。

やることは3つだけです。

  1. 質問を裏返す。「AIで何を」ではなく「なくなってほしい作業はどれ」と聞く
  2. 文章・情報系で、型があって、失敗しても致命的でない作業を1つ選ぶ
  3. その場で一緒に1回やる

始まりは、それで十分です。