生成AIの活用について話すと、どうしても「どのようなプロンプトを書けばよいのか」という議論になりがちです。

目的、条件、役割、出力形式を詳しく指定する。参考資料を添える。望ましい回答例を示す。たしかに、こうした工夫によってAIの回答は改善します。

しかし、実際にAIを仕事で使っていると、プロンプトを書く以前に、もっと根本的な力が必要なのではないかと感じます。

そもそも、何を解決したいのか。誰に、何を伝えたいのか。どのような状態になれば、この仕事は成功したといえるのか。AIに何を任せ、返ってきたものを何に照らして判断するのか。

こうしたことが定まっていなければ、どれほど丁寧なプロンプトを書いても、AIから返ってくるのは「よくできているが、何の役にも立たないもの」になってしまいます。

AIの活用に必要なのは、プロンプトの技術だけではありません。仕事の目的を捉え、問いを立て、依頼へと落とし込み、返ってきたものの本質を見極める力です。

ウェブ制作の世界では、こうした仕事を「ディレクション」と呼んできました。

ディレクションは、制作業界だけの仕事ではない

ディレクションという言葉から、制作物の進行管理や、デザイナーやエンジニアへの指示を思い浮かべる人は多いと思います。

しかし、本来のディレクションは、スケジュールを管理したり、作業を割り振ったりすることだけではありません。

クライアントの要望をそのまま受け取るのではなく、その背景にある課題を考える。仕事の目的を定め、必要な成果物を考える。それぞれの担当者が動ける形に依頼を整え、上がってきたものが目的に合っているかを判断する。

つまり、仕事全体が向かう方向を定め、その方向から外れていないかを確かめ続けることが、ディレクションです。

こうして考えると、ディレクションは制作業界だけに必要な特殊技能ではありません。

部下に仕事を依頼するときも、外部の会社へ発注するときも、会議の議題を決めるときも、新しい施策を企画するときも、同じ力が求められます。何を目的とし、何を問い、どのような結果を求めるのか。これは、仕事を進めるうえで以前から必要だった基本的な能力です。

生成AIの登場によって、まったく新しい能力が必要になったというよりも、これまで仕事の中で使ってきたディレクション能力が、よりはっきりと問われるようになったのだと思います。

プロンプトは、問いを立てた後に生まれる

プロンプトは、AIに伝える指示文です。しかし、指示文は何もないところから生まれるわけではありません。

その前には、必ずいくつもの判断があります。

何が問題なのか。AIに考えさせたいことは何か。どこまで任せるのか。どのような情報を伝えるのか。どのような形で返してもらうのか。そして、何をもって良い回答とするのか。

こうした判断を経た結果として、プロンプトができます。

言い換えれば、プロンプトはディレクションの一部が文章になって表れたものです。表面に見えているのがプロンプトであり、その手前には、目的の設定や課題の整理、問いの設計があります。

そのため、プロンプトの書き方だけを学んでも、必ずしも仕事でAIを使えるようになるとは限りません。

たとえば、「新商品の企画を考えてください」と依頼すれば、AIはいくつもの案を返してくれます。しかし、誰のどのような課題を解決する商品なのか、自社が取り組む意味は何か、既存の商品と何が違うのかが整理されていなければ、出てくる案はどれも表面的なものになります。

問題は、プロンプトの言い回しではありません。その仕事で答えるべき問いが、まだ立てられていないことにあります。

AIに何を聞くかを考える前に、人間の側が何を考えるべきなのかを定める。AI活用の出発点は、そこにあるのではないでしょうか。

「依頼する力」は、詳しく書くことではない

問いが定まったとしても、それだけで仕事が進むわけではありません。次に必要なのは、相手が動ける形にして依頼することです。

これは、単に条件を細かく書くことではありません。

仕事の背景、目的、対象となる人、期待する変化、守るべき条件、必要な成果物。何を伝えれば相手が適切に判断できるのかを考え、情報を選んで伝えることです。

ウェブ制作でも、クライアントから受け取った要望を、そのままデザイナーやエンジニアへ渡すだけでは仕事になりません。

「もっとかっこよくしたい」という要望があったとしても、なぜそう感じているのかを確認する必要があります。競合と比べて古く見えることが問題なのか。会社の信頼性が伝わっていないのか。採用したい人材から選ばれていないのか。背景によって、作るべきものは変わります。

曖昧な要望の奥にある意図を捉え、相手が判断できる言葉へと変換する。それが依頼する力です。

AIへの依頼も同じです。長いプロンプトを書けばよいのではなく、AIが仕事を進めるために必要な情報は何かを考える必要があります。

ここで問われているのは、プロンプトのテクニックというよりも、相手の立場から仕事を組み立てる力です。

「よくできている」と「目的に合っている」は違う

AIは、整った文章や資料、企画案、デザイン案を短時間で作ります。しかも、明らかに破綻したものより、一見するとよくできているものを返すことのほうが多くなっています。

だからこそ、判断が難しくなります。

文章として読みやすい。資料として整っている。企画としてもっともらしい。デザインとしてかっこいい。しかし、それが仕事の目的に合っているとは限りません。

ウェブ制作でも、見た目の美しいデザインが、そのまま良いデザインになるわけではありません。

誰に何を伝えるのか。会社のどのような強みを表現するのか。見た人にどのような行動を取ってほしいのか。こうした目的が置き去りになれば、どれほど美しくても、事業にとって意味のあるデザインにはなりません。

それでも、見た目が整っていると「よくできている」と感じてしまいます。作る側も発注する側も表面的な完成度に納得し、本来の目的を十分に確かめないまま仕事を終えてしまうことがあります。

同じ問題が、生成AIによって、文章や資料、企画など、さまざまな仕事に広がっています。

AIは「それらしいもの」を作ることが得意です。だからこそ、人間には、それらしさに惑わされず、その仕事の本質に照らして判断する力が必要になります。

かっこいいか。読みやすいか。情報量が多いか。体裁が整っているか。もちろん、これらも無関係ではありません。しかし、最終的に問うべきなのは、その成果物が本来の目的を果たしているかどうかです。

AIとの仕事は、判断と修正の繰り返しである

仕事は、一度の依頼で終わるものではありません。

返ってきたものを確認し、目的とのずれを見つけ、その理由を考える。必要であれば、問いそのものを見直し、情報を追加し、もう一度依頼する。この繰り返しによって、成果物は少しずつ目的に近づいていきます。

AIを使うときも同じです。

最初から完璧なプロンプトを作ろうとするよりも、まず依頼し、返ってきたものを見て、どこが違うのかを考える。その違いを「何となく違う」で終わらせず、目的との関係から言葉にすることが大切です。

対象となる人の理解度に合っていない。情報は正しいが、読んだ後の行動につながらない。見た目は整っているが、その会社らしさがない。説明は詳しいが、そもそも答えるべき問いから外れている。

こうしたずれを見つけ、次の依頼へ反映することもディレクションです。

AIとのやり取りを重ねても成果物が良くならないとき、原因はAIへの言い方だけにあるとは限りません。人間の側で目的が定まっていないために、修正の基準を持てていないこともあります。

何を直すかを判断するためには、最初に「何のための仕事なのか」が定まっていなければなりません。

AIは、ディレクション能力を代替するものではない

生成AIによって、文章を書くこと、資料を整えること、案を出すことの負担は大きく下がりました。

しかし、作業が速くなったからといって、仕事の目的までAIが決めてくれるわけではありません。

何を課題として捉えるのか。どのような問いを立てるのか。誰に何を依頼するのか。返ってきたものの何を評価し、何を捨てるのか。こうした判断は、依然として人間の側に残ります。

むしろ、AIが短時間で多くの成果物を作れるようになったからこそ、方向を定める力の重要性は高まっています。向かう方向が正しければ、AIは仕事を大きく前へ進めてくれます。しかし、方向を誤ったまま使えば、目的から外れた成果物を、これまで以上の速さで増やすことになります。

AIを使いこなすというと、つい新しいツールやプロンプトを覚えることに目が向きます。

けれども、その前に必要なのは、仕事の目的を捉えることです。問いを立て、相手が動ける形で依頼し、返ってきたものを本質に照らして判断し、必要な修正を加えることです。

これはAIのためだけに必要な能力ではありません。部下や同僚、取引先と仕事をするときにも必要だった、ビジネスの基本です。

生成AIの登場によって、私たちの仕事がまったく別のものになったわけではありません。これまで仕事の中で見えにくかったディレクションの重要性が、あらためて表面に現れたのだと思います。

AIに何を入力するかを考える前に、この仕事は何のためにあるのかを考える。

AI活用は、そこから始まります。