この記事でわかること
- 個人アカウント利用で見落としやすい、退職時のリスクがわかる
- 社員が辞めると会社に残りにくい三つのものがわかる
- 個人利用を責めず、会社アカウントへ移していく進め方がわかる
長く担当してくれた社員が、来月で退職することになった。引き継ぎ資料は揃っている。案件の経緯、取引先の一覧、業務メモも残っている。
ところが、一つだけ会社から確認できないものがあった。その社員が日々の業務でAIに相談してきた履歴と、自分の仕事に合わせて整えてきた指示文や設定である。どちらも本人の個人アカウントの中にあり、会社の管理対象にはなっていなかった。
個人アカウントでAIを使う社員を、頭ごなしに責める必要はありません。多くの場合、その動機は前向きです。会社が環境を用意していない中で、自分の仕事を少しでも早く、正確に進めようとしている。むしろ、業務改善に関心のある社員ほど、先に使い始めていることがあります。
問題は、社員の意識ではなく、会社側に受け皿がないことです。会社アカウントや利用ルールがないままでは、便利な使い方ほど個人の中に蓄積されていきます。禁止だけで止めようとしても、表に出なくなるだけで、実態を把握しにくくなります。
心配の中身は、漏洩だけではない
個人アカウント利用の心配として、まず思い浮かぶのは情報漏洩です。会社の情報や顧客情報を、どこまでAIに入力してよいのか。この確認は当然必要です。
ただし、もう一つ見落としやすい問題があります。社員が退職したとき、その人がAIと積み上げてきた業務上の工夫が会社に残らないことです。
退職するとき、会社に残らないものは何か
具体的には、次の三つです。
- やり取りの履歴:どの業務で、どんな聞き方をして、どんな回答を使ってきたかという記録
- 育てた指示文や設定:自社の商品や業務の流れ、文章のトーンに合わせて整えてきた内容
- 使い方の知見:どの作業に向いているか、どんな頼み方ならうまくいくかという感覚
一つ目は、やり取りの履歴です。どの業務で、どんな聞き方をして、どんな回答を使ってきたのか。その記録が個人アカウント内に残ったままになります。
二つ目は、育てた指示文や設定です。自社の商品、業務の流れ、文章のトーンに合わせて整えてきた内容は、使い込むほど価値を持ちます。この育て方そのものは正しい使い方で、AIを自分用にチューニングする方法でも触れている通り、業務に合わせるほど成果は上がります。しかし個人アカウントに保存されていれば、会社からは扱えません。
三つ目は、使い方の知見です。どの作業に向いているか、どんな頼み方ならうまくいくかという感覚は、本人の経験として残ります。本人が退職すれば、その知見も引き継がれにくくなります。
なぜ個人アカウントだと残らないのか
AIの履歴や設定は、基本的に利用しているアカウントに紐づきます。個人アカウントであれば、アクセスできるのは本人です。会社が契約や管理の当事者ではないため、退職時に中身を確認したり、次の担当者へ引き継いだりすることが難しくなります。
一方、法人向けプランであれば、管理者が利用者の追加や削除を行えるものがあります。入力内容の扱い、履歴や設定の管理、退職者アカウントの扱いはサービスごとに異なるため、導入前に必ず確認が必要です。それでも、個人任せにするより、会社として管理できる範囲は広がります。
会社ができる三つのこと
会社が今からできることは三つあります。
一つ目は、会社としてAIを使うアカウントを用意することです。業務で使う場所を会社が用意すれば、社員が個人アカウントに頼る理由は減ります。情報の扱いと退職時の引き継ぎを、同じ入口で整理しやすくなります。
二つ目は、すでに使っている社員を責めずに移行を手伝うことです。個人アカウントで工夫してきた人に、いきなり「使うな」と伝えると、これまでの蓄積を否定されたように受け取られます。
伝えるべきなのは、禁止ではなく移行の目的です。
これまで個人アカウントで工夫してくれた内容を、会社の環境でも活かせるようにしたいです。よく使う指示文や設定があれば共有してください。会社アカウントへ移す作業はこちらで手伝います。これまでの使い方を否定するものではありません。
このように伝えれば、社員の取り組みを尊重しながら、会社側へ知見を移しやすくなります。
三つ目は、退職時の確認項目にAI利用を入れることです。どのAIサービスを使っていたか、よく使う指示文はあるか、業務に関係する設定は残せるか。退職直前に慌てるのではなく、あらかじめ確認手順に入れておきます。こうしたルールづくりは、社内のAI利用ポリシーの作り方とあわせて整えると、無理なく進みます。
まとめ
個人アカウント利用は、禁止か放置かで考えると進めにくくなります。見るべきなのは、熱心な社員が育てた使い方が、退職と同時に会社から見えなくなる構造です。
まずは、自社で誰がどの業務にAIを使っているのかを確認してみてください。目的は責めることではありません。社員が積み上げた工夫を、会社に残していくためです。
Q&A
Q1. 個人アカウントの履歴は、後から会社アカウントに移せますか?
サービスによりますが、履歴をそのまま移せるとは限りません。まずは、よく使う指示文や設定を書き出してもらい、会社アカウントで作り直す方法が現実的です。本人が在籍しているうちに進めるほど、引き継ぎやすくなります。
Q2. 会社アカウントを用意したら、個人アカウント利用は禁止すべきですか?
最初から禁止を前面に出すより、会社アカウントを使いやすくすることが先です。そのうえで、業務情報を扱う場合は会社アカウントを使う、顧客情報は入力ルールに従う、といった線引きを決めると無理なく移行できます。
Q3. 経営者自身が個人アカウントで使っている場合はどうすればいいですか?
まず経営者自身が会社管理のアカウントへ移るのが自然です。経営者の使い方は社内の基準になりやすいため、自分から移行すると、社員にも説明しやすくなります。